造形作家・gaju(ガジュ)のテーマは“時の経過の不可思議”
若者に大人気のカフェ『アマテラス珈琲』の室内装飾を手掛けたgaju(ガジュ)さん。「つるんつるんの人生よりも、時を重ね、自分らしく錆びていくのが楽しみ!」。人を惹きつけてやまない、天草出身の造形作家の魅力とは!?
個性的な作品で知られる造形作家のgaju(ガジュ)さん。
世界遺産である三角西港に、6月にオープンした話題のスポット『アマテラス珈琲』では、天井いっぱいに広がる、彼女の星座をモチーフとした大作が不思議なムードを演出しています。
7月には数年ぶりに、『つなぎ美術館』において「青柳綾 gaju 二人展 私たちの物語 会えてよかった」を開催。
8月には熊本城天守閣前広場で開催された劇団きららの『熊本城おばけナイト』の舞台美術も手掛けられ、妖しい雰囲気をかもし出していました。
今日は、入口で巨大な「g」が鈍く光るギャラリーにお邪魔しまーす!
一歩、中に入ると……。
うわー、どこもかしこもgajuの世界。
gaju(以下g):「このギャラリーに初めて来られた方のお楽しみとしたいので、室内は撮影をご遠慮いただいています」
……ということで、作品のみをアップでお見せしますね。イヤリングやブローチなどアクセサリーも手掛けられています。イラストが手描きされた黒い箱も含めて作品ですね。
ご自分でもアクセサリーを身に付けていらっしゃいます。
そしてテーブルにはご自分で種から育てられた花々が。
g:「ぜひ、一緒に花を活けませんか?」
あっ、室内がチラッと写ってしまいましたが、見なかったことにしてください。
このフラワーベース、金属部分を広げたり、集めたりできて自由度が高いですね。
「おるとくまもと」の見本でカラーかすみ草を紹介すると、なんと、だんな様であるKさんからの初めてのプレゼントが、その『オザキノウエン』さんのミックスカラーかすみ草だったそうです。ビックリ!
そこでKさんの話になりました。
実は彼は病に倒れ、一時は妻の顔もわからぬ状態に(現在は回復されました)。gajuさんは、そのおかげで、視点が変わったと語ります。
g:「良いことが起きても、悪いことが起きても何かが生まれますよね。看病をしているとあきらめないといけないことも多いですが、発想を変えると良いこともあるんです。今まで何となく長年続けてきたことでも、『これ、やめてもいいじゃん!』と気付いたんです。ずっと続けたい大事なことは、家族で笑ってご飯を食べること。それが一番幸せなのに、ショッキングな出来事が起きないと気付けないんですよね」
それは“あきらめる”のとは違う、“たどり着いた”という感覚。
g:「色々とたくさん迷いながらやってきたけど、ここにたどり着いたんだな~私は!!という発見です」
若い頃から創作活動をしてきた彼女。家事もきちんとやりたい性格ですが、アーティストとして昼夜を問わず制作に没頭することもあります。きちんとしたくてもできない。だったら結婚しなくても、一人で楽しく過ごせばいいのではないか……。そう感じていた彼女が、Kさんと数年ぶりに再会し、3か月後に電撃結婚。周りは驚きました!
g:「こういう流れになっていくんだな、と感じています。結婚や夫の看病という新たな経験を通して、今まで知らなかった世界を知ることができたし。その私が創る作品です。より深く、より濃くなっていると信じています! 『こういう自分を表現しよう』ではなく、『きっと次の作品は素直なものになるはず』という予感がします」
その発表の場が、今回の『つなぎ美術館』の作品展だったのですね。
生まれ育った天草で経過する時間
ご高齢のお母様は、介護まではいかずとも様々なお世話を必要とされる状態に。独身時代は日常だったお母様との食事も、今は「すごく幸せ」と感じるそうです。
g:「夫の病気に直面して、改めて母の大きさや優しさが身に沁みました。母の人生に比べたら、大したことじゃない。経験して初めてわかること、ありますよね。人にかける言葉一つ取っても、反省すべきだったことにも気づきました。励ましや、慰めの言葉の重みや深さは、本当に心に沁みました」
g:「私は錆(さ)びている物を作品に使うんですが、つるんつるんより錆び錆びが好き。錆って、胸を張っているみたいでしょ。昔、化粧品のCMで『さびない、ひと』というのがあったけど、私は錆びていきたい! つるんつるんの自分はつまらない。どんな風に錆びるのかが楽しみです」
皆それぞれの人生の重みが加わると、ますます面白い“さびゆく、ひと”になりそうですね。つなぎ美術館の『港』(下の写真)という作品にも漁網や錆が登場していますね。
なぜ、錆に興味を持たれたのでしょう。
g:「30歳の頃、落ちていた釘が目に留まり、『この釘が錆びて私と出合うまで、どんな時間の経過があったんだろう』と、錆に興味が湧きました。故郷の天草の海辺には、潮風を受けて錆びた漁船などもありますが、そこにも威厳を感じます。艶のない、ざらついた鉄の質感に興味を持つようになったんですよ。錆を見るとそこから、チクタクと時を刻む針の音が聞こえてくる気がします」
g:「何も起こらない、つるんつるんの人生よりも、次から次に起こることを納得して、挑んで、もがいていきたい。そのたび落ち込んだり、泣いたり、いじけたり、やさぐれたりするけど、最終的に『笑っちゃうよねー』に、きっとなる!今は、その通過点です」
『通過点の扉』(上の写真)という作品は、展示室の壁に蝶番(ちょうつがい)で留められ、動かせるようになっています。
g:「今、この扉を開けて、進むか、覗くだけか、閉めるか……。どれが正解ということもなく、人それぞれ何を選ぼうとも、しっかりと1ミリ1ミリ進んでいるんだってメッセージを込めています。何が起きても全部、今は途中。キラキラした目標があるわけじゃないけど、最後の“すごく納得する自分”に向かって行く途中なだけなんだなって。どんな作品でも、 “今の私”が創ったという、ただそれだけ。良いも悪いも評価の受けようがないという感じです。作品は、その時の“裸ん坊の私”でしかないので」
今、目を見開き、心のままに動き出す羊
ギャラリーには、大きな羊さんの作品があります。gajuさんの作品には、ずっと羊が登場しますね。眠っているのかな?
g:「これは次の瞬間に目を開く羊。私たちは毎日、ささやかな決心と勇気を繰り返しながら生きているけど、自分を信じられなかったり、他人の目を気にしたり。心は決まっているのに、頭で考えている。目を閉じて深く考えて決断したら、あとは目を開いて心のままに進むだけ。さあ、Let’s go!というエールを込めた羊なんです!」
つなぎ美術館に展示された『木火土金水』(上の写真)でも、左と中央に2頭の羊がいます。
おおぅ! 角度を変えると、ちょっと目を開いている! 初めて目が合いました。決断して、動き出す瞬間ですね。この作品には時計が組み込まれていますが、秒針が時を刻み、正確な時間を表示しています。
g:「私の実家は天草牛深の小さな海産物店で、そこに古い時計がありました。幼少の頃たびたび、その針が一瞬戻ってから、また時を刻み出すように見えたんです。そこから私のコンセプトである“時の経過の不可思議”という言葉が生まれました。簡単に言ってしまえば、良いことが起きた時、巡り会えた時、幼少の頃の、あの1秒……、この今の一瞬を整えてくれているんだと信じています。そして錆びることも、時間がかかることです。『錆は尊い』。それが“時の経過の不可思議”という言葉にもつながります」
もしかしたら壊れていただけかもしれない古時計から、キーワードを受け取る感性。さすがアーティストですね。
g:「すべて“時間”に組み合わさっていきます。15年後に『あの時のアレはこういうことだ! アレがあったから、今がある』と思えたら最高ですね。今やっと、作品がしっとりして、作品や私のコンセプトが全部がリンクしている感じ。そんな気持ちで見ているのが、『つなぎ美術館』の作品たちです」
時空を越える?“時の経過の不可思議”
今回の展示には、2011年作の『6°の果実 ima,cocoより』から、2024年の最新作までが並んでいます。6度とは、360度の60分の1。つまりアナログ時計の1秒のことだとか。
g:「この頃から感じていたけど、当時は気付いていないことがあります。昔の作品と今の作品を見比べて、ああ、月日がたっても私の芯の部分は変わっていないんだな、と思います。生まれたての私。でも錆びて錆びて錆びて、最後に『ここにたどり着いたんだね』と言いたいんです」
この木馬は、『0123456789876543210』というタイトルが意味深ですね。
g:「依頼してくださった方のためでもありますが、何よりも私自身が嬉しくて創っています。自分に問いかけて、自分が答えを出すような作品をこれから創っていきたいですね。この年齢になって、今、少し力を抜いて、100%ではない自分も表現として発表できるようになりました。とにかく私は表現を続ける。それが生きがいと言うか、『見てくださる皆様に』というより、『私に』。作品を通して、私に、私を会わせてあげたいですね」
それができない人が多いですよね。ウケを狙ったり(笑)。
g:「ウケるのは難しいですね。ギャグを言えば、くどいと言われます(笑)」
若い頃は「認められなきゃ」と一生懸命だったこともあるそうです。しかし賞に応募しても、評価されない時もありますよね。
g:「そんな時も、『え、ダメじゃないよ。だって今の私だもん』と思います。賞を取ろうという気持ちは、あんまりないですね」
個展で“今の私”を発表するだけで満足。作品を鑑賞した人が「癒やされた~」と言ってくれたら満足なのです。
g:「私はフジコ・ヘミングさんが大好き。ピアノを習うのを小学6年生でやめてしまったのですが、大人になっても辛い時、フジコさんのピアノに救われました。音色とか専門的なことはわからないけど、フジコさんのピアノで毎晩励まされたのは、私の真実。ただただ感じることで、心の底があったかくなり、揺さぶられ、生きる力をもらっています」
「感動」という言葉は感じて動くと書きますが、まさに心が震える瞬間ですね。
g:「フジコさんのピアノのように、私の作品も誰かを励ます存在になれたらいいな。評価されたなら、素直に嬉しいです。でも美術やアートに興味がない人でも、『何かわからんけど元気が出た!』とか『なぜだか悲しくなった……』というのが、人の心を揺さぶるということだと思います。そうして、その人の人生に少し参加できるなら光栄です」
たとえば、『天正天草』(上の写真)を見ると、gajuさんの出身地・天草で、戦国時代に起きたことに思いを馳せることができます。
1582年(天正10年)にはキリシタン大名の名代として、「天正遣欧(てんしょうけんおう)少年使節」がイタリアまで船で旅立ちます。日本では本能寺の変が起きた激動の年。その頃、少年使節たちはローマ法王に謁見していたんですね。
太閤秀吉による『バテレン追放令』で少年たちは帰れなくなり、結局年8後に帰国する際に「グーテンベルクの活版印刷機」を天草に持ち帰ったんですよね。ルネサンスの三大発明である活版印刷機が、小さな島国・日本の天草にあったなんて、すごいことです。
今、『天草コレジヨ館』(熊本県天草市河浦町)に活版印刷機のレプリカが展示されています。
当時、世界への発信拠点だった天草。しかし江戸時代初期に天草四郎率いる天草・島原の乱が起こり、1639年にはキリスト教禁教令。キリシタンへの弾圧もひどくなり、辛い思いをした人もたくさんいたんでしょうね。
『天正天草』の中央にいる十字架を抱く女性は、犠牲者のために祈りを捧げているのかな……と、ちょっと悲しくなりました。同時に現在の幸せに感謝する気持ちも生まれてきます。
g:「『元気になった』というポジティブな感情だけではなく、ネガティブな感情も人の心を動かすこと。ネガでもポジでも絶対、1ミリは進んでいるんです。どちらでもいいから、人の心を動かす作品がいつか生まれればいいですね。でも一番は、自分が喜ぶこと。『やったー!』『こんなの出来たー!』『幸せー!』って」
gajuさんの作品にイソップの生涯を表現した『ESOPO物語』の人形もありますね。つなぎ美術館でも、オリジナル袋付きで販売されていました。袋の文字は天草で印刷された『伊曾保(イソポ)物語』ですね。私の学生時代の教科書だったんですよ。
あの『イソップ物語』や『平家物語』が、天草から世界中に広がっていったんですね。それを現代によみがえらせてくれたおかげで、イソップと熊本の関係を再発見できますね。
g:「『ESOPO物語』は中川哲子デザイン室の中川さんから、『好きなように作って』と言われたんですよ。それで、『個性の強い人形になってもいいですか?』と人形を創りました。13年前の発刊当初から、私たちは人形を『天草コレジヨ館』に寄贈して、天草の歴史を語る宝物として常設展示することを目標にしていました。常設も10年目となり、皆様にご好評いただいています。感謝しかありません」
「ESOPO(イソポ)の宝箱」というタイトルで、gajuさん作の人形が常設展示されていますね。
g:「はい。今まで天草の道を何百回も通っているのに、ESOPOを作った後は、まるでサングラスをはずしたように、天草の景色がキラキラ輝いて見えました。
g:「2015年、個展に向けて制作前に自分を取材しようと、故郷へ帰りました。小中学校、海岸、神社、子ども会で綱引きをした綱が仕舞われた倉庫など、幼少の頃毎日遊んだあらゆる場所を巡って、何を感じるのか……。すべての場所で思い浮かぶのは、祖母の声と母の顔でした。実家の海産物店は皆さんに愛されていたんだなぁって。買い物してくださったお客さんのおかげで育ってきました。天草の牛深に育てられた私だから、ルーツを大事にしたい。『天草に重きを置こう!』と思いました。それが、もともとのテーマである“時の経過の不可思議”に入ってきて。つなぎ美術館で展示した『雌蕊(めしべ)への家路』という作品は、母、祖母、曾祖母……という港を守って来た女系の先祖をイメージしたものです」
自信とは、信じられる自分にグイッと持って来れる筋肉
g:「『認められたい?』と聞かれても、誰に? いやー、わからない。『どうなりたいと? どこに行きたいと?』。いまだにわからないんです」
羊さんのように、目を閉じて思案中?
g:「でも目標は明確なんですよ。大好きな人たちとゲラゲラ笑って、『空が綺麗』、『月が綺麗』、『花が咲いたよ!』とか、『大好きだよ!』って言い合えること。自分たちのいる空間を心地良い場所にすること。それだけが目標だとわかったんです。gajuの仕事として、どうあるべきかなんて、いまだにわかりません。不安もたくさんあるけど、どこにたどり着くか楽しみにしています。不安じゃなければ錆びにくいし」
g:「私は、自分に自信が持てなかったんです。でも看病をさせてもらう中で、本当の自信が何か、少しわかった気がしています」
新婚のだんな様が倒れて不安だったでしょう。
g:「私のことが妻だと認識できない状態が続き、正直、悲しみにくじけそうでした。でもこの1~2か月は、名前を呼んでくれて、会話できるまでに回復したんです。彼が突然、『誰かが伝えようとしている』と言い出すから、『何を?』と尋ねると、『真実を』って」
詩人みたいですね。
g:「怖くて不安に押しつぶされそうな日々でしたが、『そんなことない!』と切り替えるんです。彼がまた楽しく歩いている、明るく冗談を言っておしゃべりしている、もぐもぐと好きなものを食べている、大好きな車を運転している……という場面を想像し、羊がその動作をしている絵を、ずっと描き続けました」
g:「それで気付いたんです。あ、自信って“自分には自分を信じられる筋肉がある”と知っていることなんだな、って。最悪な状態も頭をよぎって不安な時、『いや、大丈夫! 絶対できる!』という場所へグイッと持って来れる力。その筋肉を付けることが自信なんです。これができるようになりました。今まで何十年も『自信がない』と言って来たけど、それってめっちゃ薄っぺらかったな、と思います」
g:「つなぎ美術館では、新作を2つ展示しました。看病のため作品に向き合うことができなかったので、今、この私は、何を創るのか、私が私に見せてあげたいですね。やっと、この時が来た! 『あなたは今、何を私に見せてくれるんですか?』とウキウキした気持ちで、これまで以上に、今に正直に、ピュアに創りました」
錆びたフェンスをグイッと折り曲げた、『22-23-24』(上の写真)という大作は、2022年~2024年の3年間に積み重ねて来た思いが詰まっていそうです。
g:「そうですね。この作品は、夫へのラブレターのようだと感じています。生きてくれた感謝を込めて。また、『創りながら私は何を思うのか』をきちんと覚えておきたいと、制作中高揚しました!そんな中で、私は若い時から気持ちは何も変わっていないということに気付きました。素直に喜んだり、素直に怒ったり、素直にいじけたり。変わっていないし、変わらなくていい。人生で何が起きても受け止めて、それを錆として『また私、錆びちゃった💖うふふ』と、作品を創っていけばいいいんだ、と思います」
今回、久しぶりにお会いしたくなったのは、虹色不動産さんのオフィスで「あ、これ、gajuさんかな?」と思う装飾を見かけたから。
g:「虹菓子のパンフレット用のウサギを手掛けましたが、『gajuの世界観に全てをお任せします』と言われ、プロデュースさせていただきました。どうやって創ったのか記憶がないくらい頑張れたのは、村上社長の情熱と信頼を頂いたからこそだと思います」
gajuさんの個性に魅かれて、「お任せ!」と言ってくれる人がたくさんいらっしゃるんですね。
『アマテラス珈琲』や『天草コレジオ館』に行って、gajuさんの世界に浸りませんか?
[…] 星座をモチーフとしたこのオブジェは、熊本県天草市出身の造形作家「gaju」さんによって作られたものになります。 […]