熊本県初の日本遺産・人吉球磨へ!相良氏700年の歴史と謎の地下室、国宝神社を巡るタイムトラベル旅
熊本県初認定の日本遺産「人吉球磨」。相良氏が700年守り抜いた歴史には、謎の地下室や国宝、球磨焼酎など見所が満載です。時空を超えた歴史ミステリーの旅へ出かけましょう。
目次
相良氏の統治が約700年続いた日本遺産「人吉球磨地域」
世界遺産は有名ですが、文化庁が2015年度に創設した「日本遺産」という認定制度があるのをご存知でしょうか?
こちらは、個別の文化財(点)ではなく、地域に息づく歴史や文化をストーリー(面)として捉え、未来へ伝えていこうという取り組みです。
この日本遺産に、熊本県の第1号として、全国17地域とともに認定されたのが、人吉球磨地域。
鎌倉時代から明治維新にいたるまで、相良氏による統治が一度も途切れることなく、約700年も続いた人吉球磨。
これほど長期間、同一氏族が治め続けた地域は全国的にも極めて稀で、今なお、寺社や仏教文化、そして、球磨焼酎やウンスンカルタといった民衆文化が色濃く残されています。
そんな人吉球磨ならではの日本遺産を巡り、歴史に思いを馳せる旅に出かけてみました!
日本百名城「人吉城跡」と人吉城歴史館
まず、最初にご紹介したい日本遺産が人吉城跡。
相良氏が城の修築をしている際、三日月の文様の石が出土したため、別名「三日月城」や「繊月城」とも言われる城で、日本百名城にも選ばれています。

「繊月城」とも呼ばれる石垣のライトアップ
訪れた日は、人吉市による「あかりの社会実験」の期間中。
夜はライトアップされた石垣が球磨川の対岸に浮かび上がり、昼とはまったく異なる、静謐で勇壮な姿を見せてくれました。

人吉城は、球磨川と胸川の合流地点に位置する、公式サッカー場約63面分(45万㎡)という広大なお城で、現在は石垣のみが残され、角櫓・長塀・多門櫓などが、発掘調査の成果に従って忠実に復元されています。

城跡に隣接する人吉城歴史館では、中世から近世にかけての相良氏の歩みや、人吉城の構造・見どころを学ぶことができます。

石垣を積む体験やパズル、映像展示など、体験型のコーナーも多く、子どもから大人まで楽しめる施設です。

歴史館に残る正体不明の「謎の地下室」
そして、この歴史館には、全国的にも類を見ない「謎の地下室」が存在します。

誰がなんのために造ったのか―。
文献にもなにも記録されていない、正体不明の地下遺構が残されているのです。

係員の方に案内していただき、階段を下りて地下に向かうと、石垣の中にぽっかりと穴があり、そこに水が溜まっていました。
球磨川から流れこんできた水が溜まるように設計されていて、常に一定の水位を保っているのだそうです。
穴の中からは、刀剣や陶磁器、桃の種2,000個などが出てきたそうで、謎は深まるばかり―。
いまだ用途が不明のままの地下遺構。皆様もここに立って歴史の重みを感じながら、一体なんの目的で作られた地下室なのか、想像してみられてはいかがでしょうか。
施設情報
人吉城歴史館
国宝指定の楼門と歴史的建造物「青井阿蘇神社」
続いてご紹介するのは、地元の方から「青井さん」と親しまれている青井阿蘇神社。

大同元年(806年)に創建された由緒ある神社で、こちらも人吉球磨の日本遺産を構成しています。
本殿、廊、幣殿、拝殿、楼門の建造物五棟は国宝にも指定されている、大変意義深い歴史的建造物です。
御祭神は、健磐龍命、阿蘇津媛命、國造速甕玉命の三柱。

人吉城跡と同じく、ちょうど「あかりの社会実験」期間中で、夜はライトアップされていましたが、闇に浮かぶ立派な楼門は、思わず息をのむ美しさ。
こちらの楼門屋根の四隅には、「人吉様式」と呼ばれる阿吽(あ・うん)一対の神面が配され、社殿には精緻な彫刻が施されており、見どころには事欠きません。(詳しくはこちら▶【くまもと美術探訪】第十二話『オンリーワンのこだわりだらけ!人吉市・青井阿蘇神社のふしぎと魅力』)
美しい建築様式で、人吉の歴史と信仰を今に伝える青井阿蘇神社は、ぜひ訪れていただきたい場所です。
多良木相良氏の歴史を伝える阿弥陀堂「青蓮寺」
人吉市から多良木町へ移動し、多良木相良氏ゆかりの日本遺産を訪ねます。
今回は、たらぎ観光案内人協会の会長にガイドをしていただき、詳しくお話をお伺いしてきました。
多良木町は、鎌倉時代に九州に土地をもらった初代相良頼景が、一番最初に拠点を構えた場所で、相良氏700年の歴史の原点ともいえる場所です。

こちらは、多良木相良氏初代である相良頼景を供養するために鎌倉時代に創建された、熊本県内最大の茅葺屋根の阿弥陀堂・青蓮寺です。
堂内は外陣と内陣に分かれており、内陣の奥には阿弥陀三尊像(阿弥陀如来立像・観音菩薩立像・勢至菩薩立像)が安置されています。
院派仏師・法印 院玄による重要文化財「阿弥陀三尊像」
こちらの仏像は、京都・蓮華王院三十三間堂の観音像も7躯手がけたという超一流の院派仏師・法印 院玄の作になります。
普段は公開されていませんが、今回、特別に拝観させていただいたところ、像は寄木造・玉眼の優しいまなざしで、足の爪や衣のひだなど細部に至るまで精巧に作られており、その美しさに吸い込まれるように見入ってしまいました。
こちらに祀られている阿弥陀三尊像は、美術的にも歴史的にも大変すぐれた彫刻とされており、堂とともに国指定重要文化財に指定されています。
また、青蓮寺背後の斜面には、五輪塔78基、石塔婆22基の古塔碑群もあり、相良氏の長い歴史を今に伝えています。
相良頼氏が創建した「蓮花寺跡」と「蓮花寺東之前遺跡」
続いて訪れたのは、蓮花寺跡と蓮花寺東之前遺跡。

こちらは、嘉禎元年(1235)に相良頼氏が創建した多良木相良氏の供養所・蓮花寺跡で、ここにも中世の五輪塔群が残されています。

中でも、文永6年(1269)の銘文も刻まれた笠塔婆は、頼氏が生存中に、往生極楽を念じて供養(逆修供養)するために造立されたという、大変貴重なものです。
また、近くには相良頼景が屋敷を構えた場所とされる蓮花寺東之前遺跡があり、白磁四耳壺・青磁香炉など、高級品も含む多数の陶磁器が出土しています。
これらの出土品から、球磨川水運を利用した物流の拠点施設の可能性が高いものと考えられており、蓮花寺東之前遺跡も青蓮寺境内の石塔群とあわせて、多良木相良氏の地域開発の様子を知ることができる貴重な事例として、国の史跡に指定されています。
日本遺産の民衆文化「球磨焼酎」を学ぶ焼酎館
これまで、人吉球磨の歴史と、約700年にわたってこの地を治めた相良氏に関わる日本遺産を見てきましたが、日本遺産に含まれるのは、城や寺社などの歴史的建造物だけではありません。
ウンスンカルタや球磨拳といった地域に伝わる独特の文化も日本遺産に含まれており、約500年の歴史をもつ球磨焼酎も、そのひとつです。

昨年リニューアルオープンした、道の駅人吉・人吉クラフトパーク石野公園内の焼酎館では、球磨焼酎ができるまでの工程や、各蔵元の情報などをわかりやすく学ぶことができます。

球磨焼酎は、球磨川の清らかな水と、人吉盆地特有の気候に恵まれ、良質なお米が豊富にとれたことから生まれた米焼酎で、ボルドーワインやコニャックと同様、世界貿易機関(WTO)に産地呼称が認められた、数少ない本格焼酎のブランドのひとつです。

焼酎館では、館内を一周しながら、麹づくりから一次仕込み、二次仕込み、蒸留や貯蔵に至るまで、実際に使われている道具も見ながら、詳しく知ることができます。

くまモンと写真撮影できるフォトスポットも数ヶ所あるので、思い出に残る写真もたくさん撮れそうです。

ずらりと並んだ球磨焼酎のボトルを見ると、思わず一杯味わってみたくなります。
球磨焼酎もまた、人吉球磨が誇る大切な日本遺産のひとつ。
今後も熊本が誇る貴重な文化として、大切に受け継いでいきたいものです。
施設情報
焼酎館
(道の駅人吉・人吉クラフトパーク石野公園内)
59の構成文化財が息づく人吉球磨を未来へ
人吉球磨に残る日本遺産を巡ってきましたが、よく知られた名所から、「こんな場所があったの?」と驚くような史跡まで、多彩な日本遺産が存在することに気づかされたのではないでしょうか。
とはいえ、今回ご紹介したのは、そのほんの一部にすぎません。
人吉球磨地域には、球磨川や人吉温泉をはじめ、合計59もの日本遺産構成文化財が点在し、歴史や物語、そこに根付いた民衆文化が、今なお息づいています。
先人たちが大切に守り伝えてきた歴史や文化、自然、そして人々の営み。
それらを未来へ受け継いでいくことも、今を生きる私たちの大切な役目なのかもしれません。
人吉球磨を訪れる際には、ぜひこの地が誇る日本遺産にも目を向けてみてください。
きっと、新たな世界や、まだ見ぬ奥深い世界への扉が開くのではないかと思います。
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